2010年04月28日
体感時間の長さⅡ
私が、小学校に入学したのは鹿児島県の加治木町(今は姶良市)であった。
2年生に上がるとき宮崎県日南市の飫肥という町に引っ越した。ここには2年ちょっと住んだ。
そのあと、4年生の時に現在住んでいる志布志町(現在の志布志市)に移った。
尤も、中学で鹿児島市の私立に進学したため、志布志町にも3年弱しか住まなかった。
小学2年生と3年生を過ごした日南市の飫肥は城下町で、古い建物などが多く残る風情のある町だった。
今ではその雰囲気を売り物にして多くの観光客を集めている。
当時は町のそんな観光政策もなく、私たち子供は普通に城跡の石垣や武家屋敷跡で遊んでいた。
城跡を利用した小学校の敷地には大きな古木も多く、春の桜や秋の紅葉もきれいだった。
町を流れる酒谷川で1年中釣りをしたし、夏はその川で水浴びもした。
不思議なのはその春夏秋冬を過ごしたのがたったの2年間だった、ということなのである。
そうなのだ!
今振り返れば確かに2年間でしかない。

小学校近くの神社にあった楠の大きな古木
2年生に上がるとき宮崎県日南市の飫肥という町に引っ越した。ここには2年ちょっと住んだ。
そのあと、4年生の時に現在住んでいる志布志町(現在の志布志市)に移った。
尤も、中学で鹿児島市の私立に進学したため、志布志町にも3年弱しか住まなかった。
小学2年生と3年生を過ごした日南市の飫肥は城下町で、古い建物などが多く残る風情のある町だった。
今ではその雰囲気を売り物にして多くの観光客を集めている。
当時は町のそんな観光政策もなく、私たち子供は普通に城跡の石垣や武家屋敷跡で遊んでいた。
城跡を利用した小学校の敷地には大きな古木も多く、春の桜や秋の紅葉もきれいだった。
町を流れる酒谷川で1年中釣りをしたし、夏はその川で水浴びもした。
不思議なのはその春夏秋冬を過ごしたのがたったの2年間だった、ということなのである。
そうなのだ!
今振り返れば確かに2年間でしかない。

小学校近くの神社にあった楠の大きな古木
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